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益田事件の頃、不逞鮮人による神奈川税務署員殉職事件

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まず、「益田事件」とはーWikipedia

益田事件(ますだじけん)とは、1949年1月25日に日本で発生した事件である。 概要 島根県美濃郡益田町(現在の益田市)の朝鮮人集落において密輸入物資が隠匿されているとの密告に基づき、進駐軍島根軍政部将校2名と経済調査官2名が同行して、令状なしで摘発に乗り出したが、「令状のない捜査は違法である」と拒否されたため、警察官10名が応援して違反物資を押収したが、約100名の朝鮮人に奪還された。翌日、被疑者9名を検挙したが、夜に入って約200名が警察署に押しかけて被疑者の釈放を要求し、署内に侵入しようとしたために、警察官と乱闘になり48名が検挙された。

この「『益田事件』に対する益田市の見解」が冊子に載っていました。
表紙50裏
「『益田事件』に対する益田市の見解」の中で郷土史家の著作『益田町史』『益田市史『益田市誌下巻』を非難しています。しかし、その非難は正当なのでしょうか。
たとえば、5ページの記述です

三史誌について
『益田町史』 1952年(昭和27年)7月30日発行 発行:益田公民館
『益田市史』 1963年(昭和38年)11月3日発行 発行:益田郷土史矢富会 
 1982年(昭和57年)10月10日再版 発行:大和学芸図書株式会社
『益田市誌』 1978年(昭和53年)6月30日発行 発行:益田市

3.三史誌における問題性・差別性
(1)「鮮人の暴動」という見出しについて
「鮮人」という言葉は明らかな差別用語であり、そこから思い起こすイメージは、戦前からの「不逞鮮人」といった使用方法からも、「何をするかわからない者」・「ふとどき者」というマイナスイメージです。
このイメージの存在があり、歴史的事実として、1923年(大正12年)の関東大震災の混乱の中で、朝鮮人や社会主義者が暴動を起こすなどというデマが流され、約六千人もの朝鮮人が虐殺されたのです。

三史誌においては、「鮮人の暴動」という見出しに示されているように、朝鮮人が警察との関連において問題を起こしたという事件は、「何をするかわからない者」のやることだからいう先入観で記述されており、加えて歴史研究・事実解釈において重要である資料の収集とその吟味が不十分であったため、この事件における非は一方的に朝鮮人側にあるかのような内容となっています。

見出しだけでなく、文中の「鮮人」も、「朝鮮人側の非」を表すようなかたちで使用されています。特に『益田町史』では4カ所に使用され、たとえば「この時鮮人共は急に官吏へ食ってかかり」とあります。またF益田市史』では、「朝鮮人」という表現が文中では使われていますが、1カ所だけ「やにわに部落の鮮人がこれを取り巻き」とあります。

こうした記述は、「鮮人」に関してのイメージを共有している人々はむろん、「鮮人」という言葉を知らない世代の人たちまでも、「何をするかわからない者」という差別観念を誘引することになり、明らかに民族差別を温存、助長するものです。


・・・・・・・
その当時の状況は実際はどうだったでしょう。
「何をするかわからない者」・「ふとどき者」の不逞鮮人が引き起こした事件がありました。神奈川税務署員殉職事件です。

神奈川税務署員殉職事件とは、ーWikipedia

1947年(昭和22年)6月23日に神奈川県川崎市桜本町(現在の川崎市川崎区桜本)で発生した事件である。
事件の概要 1947年(昭和22年)6月23日、税務当局は税務署員88名と検事2名、警察官206名、占領軍憲兵の応援を得て、一斉取締りを敢行した。取締りそのものは順調に進み、100名以上を検挙し、密造酒15,000リットル、原料、醸造機材などの証拠物件を押収した。検挙の際には拉致されそうになる職員もあり、税務署が威嚇されることもあった。

当該事件の被害者となる端山豊蔵・神奈川税務署間税課長は、現場の責任者として陣頭指揮を執っていた。端山課長は、この日の取締りの事務処理を済ませて、午後9時に川崎税務署(現・川崎南税務署)を出た。

京浜川崎駅に到着しようとした時、賊数名が端山課長を取り囲み、「税務署員か?」と聞いたため、端山課長が「そうだ」と答えると、いきなり殴る蹴るのリンチを加えた。端山課長は直ちに病院に収容されたが、3日後に死亡した。後に犯人は逮捕され、傷害致死罪で懲役7年の実刑判決が下った。

・・・・・・・・・・

神奈川税務署員殉職事件は1947年、昭和22年6月3日です。そえから益田事件は1年半年後の1949年1月25日に発生しました。
また1949年の時点では日本はまだ米軍による占領状態でした。

【参考動画】


在日タブー『朝鮮進駐軍』 「Taboo of Koreans resident in Japan」


この「参考動画」と「益田事件」は共通点があるような気がします。

・・・・・・・・・・
続きます
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